第3項 生まれた時は世界中の誰も同じ
生まれたばかりの赤ちゃんは、世界中どこの国でも知識ゼロの無で同じです。
最初は、良いも悪いも無いので素直に学びます。
先ずは、親から学びます。言葉、読み書き、数字、宗教等内容やレベルは両親によりそれぞれです。
次に学校で学びます。日本では、小学校、中学校の先生は、国が承認した教科書や指導要領に沿って、生徒に知識や健全に生きるための指導をします。イメージを自分の中で広げていただきたいのですが、日本の学校での教育は、ある年単位の当たり外れがあったとしても、小、中合わせると9年間の全体で考えれば、全員ほぼ同じ教育がされます。
学校で学ぶ子供は、テストで点を取るためにか、又は自分の興味があることしか勉強しません。そして、私の場合は、テストが終わったら全て忘れました。このテスト後に全て忘れることの結果は、小学校、中学、高校、大学と上がるにつれ、成績が落ちることに繋がりました。その因果関係も気づきませんでしたが、長い間ずっと勉強に時間をかけたわりには無駄だったと思っていました。(この無駄という思いは覚醒したら変わります。)
私に限らず、受験もありますし、テストの点を上げることを目的として勉強するのは当然で、どちらかといえば、それを忘れてしまうほうを改善すべきではあります。この本題からは外れそうなので戻します。いつか今思うところを記事にします。
生まれたときは同じでも、成長過程で、親に教わる内容は親によって、学校で教わる内容は、国によって変わります。そして成長後の状態に傾向的に影響します。
例えば、以下の傾向からイメージを広げてください。
- インド人は数学が得意:その教育を親や学校で受けたため
- 日本人は英語が苦手:親が英語を教えなかった。学校ではテストの点以上の重要性を感じなかった。
- 日本人は進む道の基準が曖昧:親や学校が道徳や宗教をさほど教えない。
- ユダヤ人は頭が良くて優れている:親や学校が子供のときに重要なことを教えているはず。
善悪の理解
子供のころから宗教を教わる場合は、宗教から善悪を学ぶのだと想像します。私の家は葬式だけの仏教で親は何も教えませんでした。学校では、「他人に暴力を振るわない。他人に迷惑をかけてはいけない。」等と教わり、なんとなく理解しました。
「他人に迷惑をかけてはいけない」は感覚的なので、人により判定基準は曖昧です。曖昧なままその言葉を鵜呑みにしていると、次のように他人とうまくいかないケースがでてきます。
一方には、「やられたら、やり返せ」と教わってきた子供もいます。同じだけやり返すのか、倍返しなのか、は大抵曖昧です。
また、もう一方、「他人との競争に勝ちぬいて生きていけ」と教わってきた子供もいます。
今の時代で、これらの教えを聞いてきた3人が成長した後に、敵対したら、そこでは、「嫌がらせしても勝つ」対「何かされたら倍返し」対「迷惑かけないように競争しよう」の闘いです。「迷惑かけないように」が一番弱気で、他人も同じ思いと勘違いしていますから、残念ながら負けるより先に身体がやられそうです。
また別項に記載する「表と裏」で考えると、「自分の弱気」が「更に相手の強気を増す」ことに繋がります。どっちが先かの似た例を上げると、「ペコペコ、ゴマすり部下が先か、パワハラ上司が先か。」これは同時に起きて、強弱の関係は広がっていきます。ここには、悪意があれば裏技がありそうですが、考えないようにしましょう。
「人に迷惑をかけない」と教える場合は、しっかり説明を加え教育しないと、弱気にさせ、身体も問題にも繋がる可能性があるので問題があります。
犯罪で訴える(られる)ことが以外なら、今は「何かの暴力でも、迷惑でもやられたら、同じ分だけをやり返せ。」と言うべきだと私は思います。完全に同じ分は難しいと思いますが。それ以上に返すのは、お互いの恨みが増えて良い方向に戻れなくなるので、それ以上には返さないが良いと思います。
私の子供の頃は、「人に迷惑をかけない」で正しかったのだと思いますが、時代も変われば、正しいと思って話してきたことも見直す必要がある場合もあります。特に両親や立場のある人の教えは、聞いた人に強力に残っている可能性があるので、間違いと気づいたら早く修正してあげましょう。
成功体験と失敗体験
日本のように宗教や道徳の教えがあまり無い場合は、自分が経験したことから、成功体験は繰り返す。失敗体験は修正をするようになります。ここは例として「いじめ問題」を取上げてみます。どこかでいじめがあったとき、「いじめた側は、気分が晴れた成功体験」、「いじめられた人は、いやな気持になって失敗体験」だった場合は、いじめた側は、成功体験なのでいじめを繰り返す。いじめられた人は、失敗体験でしたので修正し、今度はいじめる人、いじめる側に入るようにします。これでは、いじめる側の人数が鼠算式に増えることになります。
逆に、「いじめた側が叱られ、失敗体験」し、例えば、「いじめられている人を救おうとした人を誉めて成功体験」にできれば、減っていく可能性があるのではないかと思います。
事実はもっと複雑だと言われると思いますが、いじめ以外も問題が大きく複雑になる前にできるだけ、早いうちに芽を摘む。間違ったことを成功体験にさせない。
私見が増えて、すみません。間違っていると思う点があったら、違う考えの人がいると考えて、そこからまたイメージを広げてください。
【理解してほしいポイント】
- 生まれたときは、世界中の人が同じ
- 両親や学校で習う内容とその経験によって、成長し、社会に出る。
- 国ごとに学ぶことの違いが、知識に限らない成人の差となる。
- その時、正しいと思って教えても、間違いと気づいたらすぐに修正する。
- いじめる等の間違った行動を成功体験にさせない。
